Monthly Archives: 4月 2009

「クラウド化する世界」を読んだ

「クラウド化する世界」 ニコラス・G・カー (著), 村上 彩(翻訳) もう随分前に購入していたものをようやく読み終えた。 印象としては、表紙の「ビジネスモデル構築の大転換」という副題よりも、もっと社会的な広い点から捉えられており、一時的に流行するビジネス書に見られるような煽る感じが無ったので、さらっと読む本として好印象。新しいテクノロジーから描かれる未来像としては悲観的な将来が描かれている。この悲観的な未来像にちょっとリアリティが感じられない部分もあった。 少し要約。  第1章 白熱灯の発明から電力利用が普及するまでの過程では、初期、各企業は独自の発電設備を持ち、技術者を雇い、独自の電力システムを持っていることが競争力の源泉であった時代があった。その後、電力システムの標準化などから企業向けに電力を供給する企業が現れる。電力を利用する企業としては設備投資費用などのコスト削減のメリットがあり、供給側もスケールメリットを働かせた低価格の電力供給が可能となり普及して行った。大雑把にいうとそのような流れがあり、現在のIT投資も自前のシステムから、外部の専門業者の低価格なサービスを利用することにより産業全体が効率化されるという説明だった。非常に分かりやすく納得がいく。もちろん、電気と情報システムでの相違に関する説明もある。 第2章 ワールドワイド・コンピュータ(=インターネットによって相互接続されたコンピュータ全体が協調?し、1つのコンピュータのように機能する状態)がもたらす、個人、経済、文化にもたらす影響を広範なリサーチから概説している。 労働に関する問題では、「コンピュータ化は、仕事も能力もある労働者の供給を増やしつつ、その仕事への需要を縮小する」。 コンテンツのバラ売りが進み、新聞等の媒体では売れるものが記事になる。「我々は、(インターネット紙面の) ページがますます金次第となっているという事実から逃れられない」 インターネットによって、均質化が進むのではなく分裂が進む。(このなかで紹介されるトーマス・シェリングの実験はとても面白い。)「ときとして、ごくささいな動機やほんのわずかの差異が極端な分裂という結果につながる。」個人がもつささやかで自然な欲求=「近隣に少しは同じ人種の人がいて欲しい」が集積した時に、コミュニティは分裂していく… この後、ネット上では匿名と思っていても素性が割れてしまうことや、実は関係機関により支配される可能性があること「ネットの設立原理は”支配”であって”自由”ではない。」、コンピューティングは人間の知性を超えるというような話が続く、このあたりにはあまりリアリティが感じられなかった。知性に関して、この一文は響いた。 「我々が賢いのは、我々の頭脳が常に、質問を知らなくても回答を与えてくれるからだ。我々の頭脳は計算するのではなく、辻褄を合わせているのである。」

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User Generated Device

噂を聞いて楽しみにしていた日経エレクトロニクスの1000号記念の特集記事を読んだ。「誰でもメーカー -User Generated Device」という特集。User Generated Deviceとは、ユーザー参加型の開発環境から生まれた機器で、CGMなどの流れとあわせて説明がされている。その1つの変化としてOpensource Hardwareも取り上げられていた。 なんというか、全体的に商業ベースな文脈のなかで説明され過ぎているのがちょっと残念だった。ユーザー参加型として定義されているせいもあるのだろうが、なんというか、ユーザー参加型でユーザーのニーズやアイディアを吸い上げたり、企業がユーザーの作った機器を売り買いするマーケットを運営するというような流れになっており、全体的に新しい世界観のワクワク感が弱かった…。 既存の大量消費社会の枠組みを揺さぶるようなものであって欲しい。(特集記事のなかでそのような説明もあるには、あったのだけれど。)「ものづくり革命」には、そんなワクワク感があったように記憶している… – 追伸: 小林さんのブログを読んで、この時期に2号続けて網羅しようとする特集は確かにすごいなと。  特集 Part 2は、「ハードだってオープンソース ——User Generated Deviceの実現技術」。この号も購入しなくては。

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Opensource Hardware

  J.M.アッターバックの「イノベーションダイナミクス」を読み終えた。この本の中の大切な概念である、ドミナント・デザインやプロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションについてサマライズしてしてみようかと思ったが、どうも違うことを考えはじめてしまったので、このあたりの説明は別なところにもあるので割愛。 考え始めたのは、オープンソースハードウェア的な世界のイノベーションについて。(オープンソースハードウェアの話は、「ものづくり革命」に紹介されている。 )ユーザーが必要なモノ(ハードウェア、基板も)をユーザー自身がつくることができるような時代は来るのだろうか、来るとしたら「イノベーションダイナミクス」のプロダクトイノベーションやプロセスイノベーションはどんなことになるのか。そんなことをぼんやり考えている。 これまで、オープンソースハードウェア的な世界は、切削機や3Dプリンターが低価格化して世の中に浸透していくように考えていたが、(本当のオープンソースハードウェアはこういうものが必要になるとも思うけれど)Informal Repair Cultureのようなリサーチを読むと、ある意味すでにオープンソースハードウェアだなぁと思ってしまう(下部のリンクのPPTの写真はかなりインパクトあり)。ユーザーが直接作る、という訳ではないけれど、露店で修理ができたりカスタマイズができてしまうというのは、なんというか個人単位に近い。かなりグレーなカスタマイズが行われたりするネガティブな側面もあるが、”largely convenient, efficient, fast and cheap, reducing the total cost of ownership”、”increases the lifetime of products lowering their environmental impact”という社会全体に対する利益もありそうだ。先進国ではオープンソースハードウェアはこのようなにインフォーマルな形ではじまるというのは、想像し難いが、製品のカスタマイズや修理から浸透していくというのは、あり得なくもないように思う。 企業のイノベーション(プロダクトイノベーションやプロセスイノベーション)にはどんな影響があるだろうか。 ここはどうなるのかを予測するのは、難しいけれど、ソフトウェアで起きたこと(S・ウェバー「オープンソースの成功」を参照)から類推すると、プロダクト的なイノベーションもプロセス的なイノベーションのどちらも、ネットワーク外部性により速度や質が向上するのではないかと思う(安易な類推かもしれないけれど)。ユーザー自身が生産する、ということでプロセスイノベーションの価値はこの文化のなかでは低くなるのだろうか、あるいはプロセスイノベーションによってユーザーが生産する障壁を下げコミュニティを拡大する重要なファクターとなるのだろうか。 イノベーションがどうなるのかはまったく空想の域をでないけれど、オープンソースハードウェアは 大量消費後の世界観として、かなり魅力的な世界に見えるのだが。

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